技術的特異点、という言葉がある。
コンピュータの性能の向上するスピードは、年々早くなっている。そしてあと50年ほどすると数字のうえでは成長率が無限大に到達する地点が存在する、つまりコンピュータの発達がそれ以降人間には予測できない領域に達し、それ以降なにが起きるのか予測不可能時代が到達する、というのだ。
こういう「思想」には「技術オタクが自分の都合のいいユートピアを妄想しているだけだ」という手厳しい意見もある。しかしSFはこの格好の題材を見逃さなかった。 (続きを読む…)
6月 17, 2013 by NAOKI
技術的特異点、という言葉がある。
コンピュータの性能の向上するスピードは、年々早くなっている。そしてあと50年ほどすると数字のうえでは成長率が無限大に到達する地点が存在する、つまりコンピュータの発達がそれ以降人間には予測できない領域に達し、それ以降なにが起きるのか予測不可能時代が到達する、というのだ。
こういう「思想」には「技術オタクが自分の都合のいいユートピアを妄想しているだけだ」という手厳しい意見もある。しかしSFはこの格好の題材を見逃さなかった。 (続きを読む…)
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6月 6, 2013 by NAOKI

福沢諭吉は自分が科学的思考の持ち主だということを表す逸話として、皆が神妙に拝んでいる村の神社の中に収められていたご神体の石を密かに別のその辺にある石ころととりかえた、というものがある。
それ以降自分には神罰はくだらず、村の人々もなにも変わらずお参りを続けた。「この信仰や神体というものになんの意味もないのは一目瞭然である」という。
しかし、はっきり言ってこれは科学ではない。むしろ「既存の宗教にはなんの意味もない、という『価値観』を世に広めようという明示的啓蒙思想」と言い換えるべきと言える。
山本七平にいわく、本当の科学ならば、「なぜ皆はそれをありがたがるのか」という部分を解明しようとするだろう、というのだ。 (続きを読む…)
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6月 4, 2013 by NAOKI

科学とは方法論である。
つまりどういうふうに疑うか、そしてどうやってその疑いを確かめ、実際に自分の疑いがどれくらい正しかったのか、間違っていたのかを確かめ、そしてそのノウハウを次の疑いにつなげていく、一連の手順そのものともいえる。
しかし、(今までの)「科学ではありえないからだめだ。」と即断即決することを科学的とはいえない。
実際にどうか実験や調査をして、「自分の調べた範囲ではそういうことは確認できなかった。」というのが最低限の科学的な誠実さというものである。 (続きを読む…)
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